終戦80年。
- hatamura1222
- 8月15日
- 読了時間: 2分
8月15日は終戦記念日ですね。
何年経っても
この8月と言う月は特に胸が痛くなりますね。
80年前、どんな思いでこの日を迎えたんでしょうね。
2025年8月15日
少し雲のかかった夕暮れ時
80年前も、この空や空間は存在していた
何気なく見たこの夕暮れの空は
あの時の空とほとんど変わっていないのに
皆んな何事も無く平和に暮らしてる。
それが「今」の当たり前。
80年前を「今」として生きていた人達は
80年前の今日の空をどんな思いで見上げたんやろな。
未来を想像する事も
計画も立てる余裕もなく
必死で「今」を生きようとしていたんやと思う。
空を見上げる暇も無かったやろな。
もう想像すら出来へんな。
経験もしていない僕では語りきれるはずもなく
本当の思いなどわかってあげれるはずもないけど
少しでも僕のブログを読んで
1人でも多く一緒に胸を痛めてくれる人がいたら
嬉しく思う。
今後、近い将来
必ず戦争体験者は居なくなる。
これからは
戦争を体験した事のない僕達が
戦争を知らない子供達に伝えて行かないと行けない。
本当の恐さや残酷さを
リアルに語ってあげる事は出来ないけど
この胸の痛みは伝えて行ける。
その胸の痛みを子供達も感じてくれるのなら
体験が無くても伝えて行ける事は出来る。
僕も小学生の時の胸の痛みが今もずっと続いている。
僕の、この痛みは頭で記憶しているのでは無く
身体で記憶したモノ。
だから一生忘れる事は無い。
僕は人として
この痛みを身体に刻む事が出来て誇りに思う。
日本人やアメリカ人
他の外国人とか関係ない。
痛みを知ればそれでいいと思う。
どれだけ内容を深く知ろうが
歴史を詰め込んでいようが
痛みが無いのなら意味が無いと思う。
飛んでいく特攻隊の姿。
息子を思う母親の姿。
恐怖で震えている子供の姿。
動画でも、写真でも、絵でも何でもいい。
もし全ての人がそれらを一瞬見ただけで、この痛みが出れば、争いなんてなくなるのになと思う。
そんな大それた事は僕1人では難しいけど
少しでも伝えて行けたらと思う。
自分がじいちゃんになって
戦争体験者のいない時代になっても
この胸の痛みを伝えてくれる若者が大勢いる
時代であって欲しいと願いながら
少しでもそうなるように「今」を生きて行きたい。
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